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時は少し遡って18歳…。

私は高校を卒業して
建築・インテリア関係の専門学校に通いはじめました。
 

理由は

「インテリアが好きだから。」

という非常に単純なものです。

 

この時の将来の夢は、

「インテリアコーディネーターになること」

でした。


理由は

「自分はインテリアが大好きなんだし、
それに関わる仕事なら楽しいに決まってる!」

という非常に単純なものです。笑

 
ただ、胸に期待を抱きながら専門学校ライフを始めたわけですが、
理想と現実のギャップが凄く、、初っ端から絶望しました。
 

自分の好きな系統のものとは全く違う勉強ばかり で、
やっていて全く楽しくなかったからです。

 
 

今冷静に考えれば、 自分でも

「少しはそうなる事くらい想像できかったの?」

って思うんですが…。笑


でも18歳の頃の私は”ただなんとなく”で生きていたので、
自分の好きなインテリアとか関係なくインテリアの勉強できれば、
とりあえず楽しいんじゃ?ってくらいでしか考えていなかったんです。


ほぼ、無思考状態の受け身な人生だったんですね。


我ながら浅はかです。笑

さらに、建築学科は他に比べてもかなりスパルタで、
休みもほぼありませんでした。


友人と

「私たちって”社畜ならぬ学畜”だよねー。」 

と自虐ネタを話していたくらいです。

1年生の頃はまだ休みもあったんですが、
(といっても月1ペース位でしたが)
 2年生になってからはほぼ休みなしで丸3ヶ月間、
1日も休めない時なんかもざらにありました。

それに追い討ちをかけるように、
建築・インテリア系の業界の薄暗い現実とかも色々知って。
(サービス残業の多さや薄給で長時間労働など)

「私のイメージと違うじゃん。 
今やってることは本当に自分がしたいことじゃない!」

こんな事を1年生の秋頃から
早々に感じ出してしまっていました。

まあでも、当時学費は親が払ってくれていたので、
辞めるのは申し訳なくて

 「とりあえず2年間だけ頑張ろう!」

そう決めて頑張りました。



とりあえず、自分の生活費だけは自力で
どうにかしないといけなかったので
平日の夜と休みの日はほぼバイトの日々です。


この時は本当に忙しくて、毎日、朝6時に起きて学校に行き、
夜は深夜2時までバイトで動き回るなんてこともザラでした。


で元々そんなに体が強いわけではなかったので、
この時は慢性的に疲れていて、
冬は特にインフルエンザにかかって治ったと思ったら胃腸炎になって、
その1週間後には全身に蕁麻疹が出て寝れないなど、
体は弱りまくりでしたね。苦笑

しまいには目に結石ができて、
救急車で運ばれたりなどこの時は本当に散々でした…。

 




母親に

「病気のデパートだね」

って言われたくらいの病弱っぷりだったんです。笑


ただ努力の甲斐あってか、
2年の春頃にはインテリア関係の職場に内定が決まりました。


まあでも今思い返せば、
その内定先にバイトで入ることになった経験こそが
建築・インテリア関連の仕事はやめよう、と思う
決定的なきっかけになりましたね。


理由は単純に、

いわゆる”ブラック企業”だったから、

なんですが…。

 

現代ではありがちな理由かもしれませんが、
内定をもらった時は、学科の中でも一番早く決まったので、

「さっさと就活しなくて済んだなー。よかったー。」 

と有頂天になって喜んでましたね。


ただいざ、バイトで入り始めると
疑問に思うことばかりが出てきます。


まず最初に感じた疑問は、時給に関してでした。

というのも働く前に聞いていた時給よりかなり低い、 

「1時間680円で。」

 と言われたからです。


その時は、 

「最初と話違うし時給としては最低ラインじゃ…( ́;ω;`)」

と不満が沸き起こりましたが、
内定先だったので特にそんな事も言えず、
我慢して引き続き働くことに。


ただ、その後も当たり前のようにサービス残業させられたり、
休憩時間もろくに取れない環境が続き、
体はボロボロ、心の余裕もどんどん無くなって行く一方。


相変わらず学校も忙しかったので
どんどんバイトに行くのがいやになって、
この時ばかりは大好きなインテリアさえも嫌いでした。


急に涙が止まらなくなることもあるくらい、
ギリギリの日々だったんです。

 

この頃あたりから私は忙殺される毎日に心底嫌気がさし、

「もういっそ、建築・インテリア関係のお仕事なんてやめてしまおう!」

 という風に考えはじめるようになってしまいました。


結局、耐えられなくなって、
その月末に内定を辞退してバイトもやめま した。


専門学校の先生にそのことを言ったら 

「お前は考えが甘い。社会を舐めてる」

とこっぴどく怒られましたが。笑

でも、続けていたら精神が病んでうつ病になりそうだったので

「そんなの知るかー!常識なんてクソ食らえー!」

って感じでしたね。


それが2年生の秋頃です。

そこからは
インテリア関係以外の業界で
会社を探すようになりました。


そして見つけたのが某大手旅行会社の新卒募集の求人。


その時は卒業制作の時期と被っていたので、
相変わらず殆ど休みがない日々で心に余裕が全くなかっので、
今度は”とにかく休みが多い方が良い”という意識で仕事を探し始めました。



そんな私にぴったりのお仕事が見つかります。


旅行会社での事務職です。


元々旅行が大好きだったので、
好きなことを仕事にできるのなら最高じゃん!と思ったし、
それに加えて、年間休日が100日以上という事もあり、
即決した記憶があります。笑


まあでも、自分が即決したところで落ちたらどうしようもないので、笑
どうして建築関係から旅行関係に移ろうと思ったのか
などの理由も
きちんと考えて面接に。


そんな周到な準備の甲斐あってか、
めでたく内定をもらうことができ、再びこの時は有頂天です。

「わーい!大好きな旅行に関われて
かつ休みがいっぱいの会社だー!
あとは収入が安定した男性と結婚したら何とかなるっしょ~ヽ(* ́o`*)ノ」

こんな感じで手放しで喜んでましたね。
 
今思えば”他人に依存する”というかなり危うい人生計画ですが、
この時の私には

”安定こそが人生の成功”

みたいな考えが一種の洗脳のように
頭の中にあったので全くそんな危うさに気がつきませんでした。
 

当時、親もテレビもニュースも

「安定が一番」

みたいなことばかり言っていましたし、(今もですが)
それを真に受けて”安定こそが自分にとっての幸せ”という風に
思い込んでいたんですね。


今は、人の幸せなんて人それぞれだし、
安定ほど脆いものないって思いますが…。


でもこの時の私は専門学校の卒業製作も終わり、
浮かれてそんなことは微塵も思わず。


浮かれたまま、友達と学生最後の休みを利用して
大好きな旅行に行くことにしたんです。

 
この時の旅行先は台湾とバリ島。

私にとっての初海外旅行でした。

期待半分、不安半分で臨んだんですが、
これがまあ、特にバリ島がもう笑っちゃうくらい楽しくて。

「私の思い描く楽園とはまさにここだ。 」

 そう思った事を今でも覚えています。

そしてこの時、改めて
「旅ってこんなに楽しいんだ!こんなに幸せを感じるものなんだ!」
ってことに気がついたんです。。


この時点ではまだまだ

”自分の幸せは安定した人生を送ることだ”

って考えはから抜け出せていませんでしたが。

ただ、この時から 

「自分の幸せは旅にあるかもしれない…」

 と、うっすら感じ始めたと思います。


まあ、とにかくそんな感じで
卒業旅行を大いに満喫後、私のOL生活が始まったわけです。

 

決してお給料は高くありませんでしたが、
半年近く時給680円でサービス残業だらけだった私にとっては、
すごくありがたく感じましたね。

そして、何より自分の人生に
”旅に関われる仕事””休日” があるってことが嬉しかったので
全然苦ではありませんでした。


この時は公務員の恋人がいたので、
この人と結婚したあとは仕事はパートとかに変えたら
きっと”安定”した人生が送れるなーなんて風に思ってました。

最初のうちはOL生活を満喫していたわけです。

ただ、数ヶ月経つと、
ここでもまた新たな問題が出てきます。


・毎朝の満員電車が辛い

・仕事は旅行に関わっているのに自分は旅行になかなか行けない

・まとまった休みがないので結局少し遠いところは行けない

・クレーム対応が多くてストレスが溜まる

・激務で仕事が憂鬱

・日々やりがいを感じず、生き生きしてない自分に自信がない

・お給料を未来への不安で貯金して80円の紙コップジュースも買えない


…などなどの問題たちです。

 




最後の問題に関しては完全に
「いや、買えよ」ってツッコミをいただくような問題ですが、笑
この時の私にとって、日々の80円ですら大金だったんです…。

 

というのも、毎月5000円の自由に使えるお金を残して、
あとは支払い、親に入れるお金、 貯金に当てていたので
80円の重みがかなり大きかったんです。


まあそのおかげで貯金は2年ほどで7桁を超えたんですが、
今度は仕事のストレスで服を買い漁るようになり
7桁を超えたのをきっかけに全く増えなくなりました。笑


仕事も自分の大好きな旅行に関われているから
幸せかといったら全然そんなことは無くて、
毎日クレーム対応やらつまらない同じ作業の繰り返しでした。

好きな事である旅に関わる仕事ができて嬉しかったはずだったのに、
結局自分は旅ができないので旅に関わることが逆に辛くなっていきました。


あんなに大好きな旅だったのに、です。 


そしてこの時くらいからだんだんと

「私の人生って一体何なんだろう…。 
私にとっての本当の幸せって何なんだろ う…。」

というようなことを真剣に考えるように。
 
私がこの時、心底ワクワクする事と言えば、
世界の絶景の写真を見たり、誰かが書いた旅行記を読むこと。


自由に海外に行っている人たちや
自分のやりたいことをやっている人たちが
心底羨ましくて常に憧れていました。

でも、どうやったらそうなれるのか方法なんて
全然わからなかったし、自分の現実は旅に関われる仕事でも
結局クレーム対応の毎日だしで、この時はかなり辛くてもどかしかったです。

さらに、周りの人たちが当たり前のように
やっている事が自分には大きなストレスという事も劣等感でした。

「何で自分はこんなにストレスに弱いんだろう…」

そう思えば思うほど自分が嫌になって、
でもやっぱり自由に生きたくて
またそれに対して自己嫌悪に陥って…と負のループでした。

さらにそういったストレスで
散財もどんどんするようになってしまって、
貯金ができ ずまた自己嫌悪…。


この時の私は全てにおいてネガティブでしたね。


そしてネガティブなことを考えれば考えるほど、
頭がぐるぐるしてうまくいかない現実にさらに病んでいきました。


ひどい時は
「朝が来るのが怖い」
と感じることも。
 
好きなことに関わっているはずなのに
全く幸せを感じることができない
 

いつのまにか、
専門学校の時代と同じ状況に陥っていたんです。

全く心に余裕のない状況に。


この頃になるともう、毎日泣いていて、
結局仕事も辞める事にしました。


お仕事をやめる決定的なきっかけとなったのは、
仕事の有給をもらって行った南国旅行です。

南国での時間があまりにも楽しくて、
完全にストレスフリーな日々を満喫できたのはよかったんですが、
帰ってからは次の日からすぐ仕事で。

まず朝の満員電車の時点からストレスを感じました。


南国に行っていた時間がストレスフリーだった分、
自分が今ストレスを感じているということを
かなりはっきりと自覚したのを覚えています。


ストレスが自分の体内にジワーっと
浸透して来るのがはっきりとわかったんです。


この時は面白いくらい

「あ、これがまさにストレスか。」
とはっきりと自覚できました。
 
南国に行くまではストレスに慣れすぎていて、
慢性化して気づくこともなかったのですが、

ストレスフリーな南国の日々がはっきりと認識させたんです。
 
勤務中も同じで、激務の中、

”あんなに幸せだったのに目の前の圧倒的な現実に、
あっという間に沼のように飲み込まれてしまう!”

恐怖さえ感じたのを今でもよく覚えています。


 そして、 ここでやっと

「こんなストレスまみれの日々、おかしい。
もっと自分の人生、自分の生きたいように生きよう。
本当に幸せな人生を歩もう。」

と決心、覚悟する事ができました。
 

そして2年半勤務した職場を辞めました。

 
あ、ついでに言うと、
当時の公務員だった恋人にも振られました。笑


振られた当時は1分1秒が辛いほどショックでしたが、
結局相手に安定を求めて依存していたしそんな自分に自信がなかったので、
今思えば、振られたことによってその事に気がつけてよかったなと心底思います。


まあでもその時は 

「うわああああん( ́;O;`)」 

って感じで子供のように泣きじゃくってましたが。笑

 

まあ、人間立ち直れるもんです。笑

 今はその彼に感謝もしてるくらいですし。

 

まあそんな感じで失恋、退職、旅行などの
いろいろな事がきっかけになって、
”世間体とかそんなの抜きにした自分にとっての本当の幸せ”
みたいなものが何なのかを本気で深く考え出しました。

ただ失恋して仕事を辞めたばかりの時は
まだ、”安定した人生を捨てる”っていう選択が頭になかったので、
秘書検定や調剤薬局事務の資格を取ってみたりもしましたが。

 
でも、いくつか資格を取った後、

「あれ、私、自由になりたいのに、
幸せになりたいのに、なんでまた不自由な従業員になる為の資格とったんだろう」

とふと気がついたんです。

そして、やっと

「これじゃダメだ。もっと自分の人生に真正面から向き合おう。
本当に自分が幸せになる為には何が必要かを
今ここで真剣に考えなきゃ、また同じ道をたどることになる」

そう気づいたんです。

そしたら自分の幸せは、

決して”世間的に言われる安定した人生”ではなくっ て、
”本当に好きな相手と一緒にいる事だったり、
好きな国に好きなだけ行って素敵な体験をする人生だ”

っていう結論に行き着いたんです。


そしたら、今まではただ悶々と悩んでばかりだったけど、

「何としてでもこの願いを叶えたい!叶えるにはどうすればいいか?」

ということを真剣に考え出すことができるようになりました。


そして色々調べてみる中で出会ったのがネットビジネスでした。
 
 
当時の私は何の知識もなく、
全く右も左もわからない状況でしたが、
どうしてそんな私がネットビジネスに心惹かれたのか?
 
 
そちらは次回詳しくお話しようと思います。
 
 
引き続き、
 
 
をお楽しみ下さい^^
 
 

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